二代目デ・ジ・キャラット、および二代目 D.U.P の課題は2つあります。
プロフィールが無いことと、大きな作品がないことです。
前回は「二代目デ・ジ・キャラットとは何なのか」を綴りました。今回は、二代目デ・ジ・キャラットの現状をお伝えします。
二代目デ・ジ・キャラットの企画は終了している

前提として、二代目デ・ジ・キャラットを含む企画は終了しています。
二代目でじこ、二代目うさだ、二代目ぷちこを含めた二代目 D.U.P (以下、二代目 D.U.P と記載)の活動も終了しています。
今は初代 D.U.P が現役復帰しているのに加え、女神ブロッコデスが二代目でじこの代わりとして第一線に立っています。
二代目 D.U.P は全員偽物だったということになり、二代目 D.U.P が二代目として現役で活躍していたという歴史自体が無かったこととして抹消されています。
現実だけを伝えるのならばこれだけです。
当機関や二代目ファンが今の公式展開にできることは何もありません。なぜなら、二代目デ・ジ・キャラットや二代目 D.U.P はもういないのですから。
一つ補足すると、二代目 D.U.P の存在が無くなったので自動的に女神ブロッコデスまたは初代 D.U.P に流れるかというと、そうはなりません。
二代目デ・ジ・キャラットや二代目 D.U.P のファンであって、女神ブロッコデスのファンだったとは限らないからです。
なので、かつての二代目デ・ジ・キャラットや二代目 D.U.P のファン = 女神ブロッコデスのファンというわけではありません。
二代目デ・ジ・キャラットの課題と足枷

二代目デ・ジ・キャラットにはいくつか課題があるのですが、大きなものをピックアップすると以下のようになります。
- プロフィールや世界観が存在しない
- 二代目 D.U.P の姿を描いた作品がほぼない
- 声優2名が実質的に引退している
それぞれ解説します。
プロフィールや世界観が存在しない

前回の記事でも描きましたが、二代目でじこ、うさだ、ぷちこにはキャラクタープロフィールが作られていません。
その理由は、元々は初代 D.U.P のキャラクターをリニューアルして展開する予定だったので、プロフィールをそのまま引き継ぐはずだったからです。
その結果、展開は失敗し、ろくにプロフィールも作られないまま二代目デ・ジ・キャラットや二代目 D.U.P は本格始動する前からネガティブな印象を抱えてしまいました。
唯一、二代目としての決定的なプロフィールは、「二代目でじこと初代でじこは別人」という後から付けられた設定です。それ以降に二代目としての独自のプロフィールが追加されることはありませんでした。
プロフィールが無いとどうなるか?
存在していないのと同じ状態になります。
名前も経歴もなく、見た目のイラストしかないキャラクターを覚えられますか?
覚えられないでしょう。
ちょっと違う質問をするならば、誰かに紹介することができますか?
十中八九できないと思います。
辛うじてイラストぐらいは描けるかもしれませんが、どのように紹介しますか?
そのイラストを見た他の人は、そのキャラクターのことをどのような言葉で覚えれば良いですか?
人間は言葉で表せないものを、言葉で伝えることができないんです。
どんな名前か、どんな性格か、どこから来たのか、どこにいるのか、どんなことをして生活しているのか。それらすべてが存在しない、あるのは名前の分からない何かのキャラクターの立ち絵だけです。
そのようなものを他人は労力を注いで覚えようとはしません。分からないもの、覚えるのに手間がかかるもの、愛着を抱いていないものは一瞬で記憶から消えます。
もっと分かりやすい例を挙げてみます。
学校や就職の面接で、名前も経歴も実績もなく証明写真1枚しかないその状態で、面接に合格できるか想像してみてください。
二代目 D.U.P の姿を描いた作品がほぼない

二代目 D.U.P の活躍が描かれた作品は、マンガ1冊しかありません。それも、全ページに書かれているわけではなく、1冊のうちの6割ぐらいにしか書かれていません。
そのほかはキャラクターソングのCDと、4コマ漫画のげまげまぐらいです。キャラクターソングについては、二代目 D.U.P 独自のものは6曲しかありません。
初代様のように豊富には作られていませんし、そもそもメインで効果がある作品ではありません。アニメなどの映像作品があって初めて効果が出る媒体です。
でじこラジオは声優がメインであり、キャラクターを描写した作品ではないので含めません。超ヒロイン戦記は、見た目も声優も二代目 D.U.P ではないので含めません。
プロフィールの存在は、キャラクタービジネスをおこなう場合の前提の話です。
アニメ、マンガ、ゲームはそのキャラクターが活きているというのを強烈に印象付けるものです。特に映像はキャラクターが動いて喋る分、より記憶に焼きつき、強い思い入れとして人々の記憶に残るのです。
初代 D.U.P が多くのファンに愛されているだけでなく、プロの作家にまで愛着を抱かれ、何年も語り継がれて愛されてきているのはアニメが作られたというのが最も大きな要因です。
そして、二代目 D.U.P にはそれがありません。5分程度のアニメ1話分すらありません。
アニメを製作する労力を議論する気はありませんが、初代 D.U.P が最初に活躍していた期間と、二代目 D.U.P が活躍していた期間はほぼ同じです。初代 D.U.P に至っては1期でアニメを16話分やって、春休みや夏休みなどのスペシャルアニメは15話分をやって、1年分のアニメも放送しきって、映画も放映してOVAやゲーム数本まで作られています。
二代目 D.U.P にはそれらすべてありません。
この違いをどう説明したら良いか、私には分かりません。
声優2名が実質的に引退している

二代目うさだの声優である矢澤りえかさんはすでに引退しており、二代目ぷちこの声優であるみなかみ菜緒さんは一身上の都合により無期限休業しています。
二代目でじこの声優、明坂聡美さんは今も現職中です。
二代目 D.U.P のアニメを作る企画が持ち上がって、アニメーションを作れるチームが整ったとしても、声優さんが役を必ず担ってくれるという保証は不透明です。
別の声優さんが担当されるかもしれませんが、それは二代目 D.U.P と言うんでしょうか。
二代目 D.U.P の特殊な環境

ラブライブやアイマスのような通常の2期生の作品とは異なり、二代目 D.U.P には特殊な環境となっています。
良い意味ではなく、過酷な環境ということです。
二代目 D.U.P にはキャラクタープロフィールが存在しないということに加え、初代 D.U.P と見た目がほとんど似ているというところです。
見た目が大きく異なっていれば例えプロフィールが存在しなかったとしても、まだ見た目の違いによってフォローは可能です。
ですが、見た目もそっくりとなると状況は一気に不利になります。
誰も好き好んで手を付けないという環境が出来上がってしまうんです。
知ってると知らないの差

イラストを描く人の立場で考えてみましょう。
趣味でイラストを描いて公開する人が求めているのは、他人からの共感とリアクションです。
そうでなければわざわざ公開などしませんし、描きすらしません。
イラストに描かれているキャラクターが「可愛い」「格好いい」「魅力的」など何でも良いですが、何かしらのリアクションがもらえることと、それ以上に感情の共有ができることです。
そのキャラクターや作品に対する自信の思い入れや感情を、イラストという形で具現化させる。
それをファンや知り合いと分かち合うことで、感情や思い入れが熟成される。
そして、キャラクターや作品に対する思い入れをより深くし、思いを共有し合える仲を広めていけるのです。
ただしここまでの流れは、そのキャラクターや作品のことを相手が知っているのが前提の話です。
相手が知らないキャラクターや作品については、相手は反応しません。好きか嫌いかという以前に、1秒程度で記憶から消えます。
人間は知らないものには反応できないのです。
そして、わざわざ時間と労力を使ってそのキャラクターを調べようとする人はほぼ居ません。みんな既に知っているキャラクターや、自分が好きなキャラクターの記憶を更新することで忙しいんです。
もし居たとしたら、その人は奇跡の人です。そして同時に、奇跡の人を見つけ出す能力をあなたが持っているという証拠でもあります。
話を戻すと、ほかの人たちは自分の知らないキャラクターや知らない作品のことは反応できません。嫌いなのではなく、反応ができないんです。アニメの思い出とか以前に、名前も作品名も知らないので調べるということもできないんです。
そして、イラストを描く人は相手からの共感とリアクションを求めて情熱を燃やすと説明しました。相手からの共感やリアクションがもらえる可能性が低いキャラクターや作品など、わざわざ手は付けないんです。
時間と労力の無駄だからです。
すごく薄情に聞こえるかもしれませんが、現実です。何の反応ももらえないようなものに体力は注げないのです。
二代目 D.U.P を知った人はいずれと初代 D.U.P の存在を知ることになりますが、その逆は起こりません。さらに、二代目 D.U.P の存在は公式が抹消しているので、二代目 D.U.P へつながる手がかりはすべて消されています。
知名度も愛着もなく、名前も性格も分からない二代目デ・ジ・キャラットを描くより、初代デ・ジ・キャラットを描いた方が得るものが天と地ほどに違うんです。
二代目デ・ジ・キャラットのこれから

ここまで見てきて、二代目デ・ジ・キャラットや二代目 D.U.P には過酷な逆境しかないと感じられたのではないでしょうか。
その通りです。包み隠さず言うと、そういう状態なんです。
親に捨てられ、名前も存在もない。
ファンがほとんどいなくて、これから生まれる作品もなく手がかりも排除されてる。
環境も悪くて、助けになるものが何もない。
今までと同じ情熱を注いでも 1/10 以下のリアクションしかない。
そんな環境に耐えられずに去っていった人を何人も見てきました。
なので今回はこれを見ている人に「希望」という名の、脆弱だけど現実に対抗することができる唯一の力を授けます。
それは、二代目 D.U.P の世界はファンの中に宿っているということです。
二代目デ・ジ・キャラットはファンが育てるもの

二代目 D.U.P の致命的な課題は、キャラクタープロフィールと世界観が存在しないということでした。
どういう性格なのか、どんな生活をしているのか、どこで過ごしているのかが何もわからない。ならば、自分たちで錬成するんです。
というより、それしか方法がないんです。
どういう性格なのか?
ならば好きなものを、周りのキャラクターを作っていく。
どんな生活をしているのか?
ならば住んでいる場所を、メインの活動拠点を作っていく。
ファンによって独自の発展を遂げた作品があります。それが「東方Project」です。
あの作品は主軸となるシューティングゲームが公式である ZUN 氏からリリースされましたが、その世界観やキャラクターの深掘りや拡張はファンの間でも活発に行われました。
そして、今でも大きなコンテンツとして生き残っています。
二代目 D.U.P には公式の設定や作品がほぼありませんし、企画自体が終わっています。
ですが、二代目世代の生き残りは存在します。
全員がイラストやマンガなどをかける能力を持っているとは限りませんし、ましてやプロフィールや世界観を「独自の設定で愛されるキャラクター」として再設計できる人は一握りならぬ、一摘みもいないと思います。
それでも、ファンの間でキャラクタープロフィールや世界観が形成されるという事象は、実際に存在しているわけです。
完全に不可能というわけではないのです。
愛されるキャラクターであること

もう一つ大事なことは、「愛されるキャラクター」とするのを意識の中心に置きつづけるということだと思います。
ただ知名度を上げるだけならもう少し簡単になります。ネットミームなども駆使して、とにかく話題に上げ続けるのです。ただし、これは副作用も含んでいます。
ネットミームやネタで得られた知名度は、それらなしでは存在できなくなるということでもあり、キャラクターが愛されているというわけではないというところです。
中途半端にやるとただ寒いだけの遊びで終わります。
二代目 D.U.P の特徴は『似て非なるもの』

二代目 D.U.P の展開の方法で最も効果が高いと考えられてる手法があります。それは、初代 D.U.P と二代目 D.U.P は「似て非なるもの」ということです。
この「似て非なるもの」というのは扱うのが難しいですが、効果が高いです。
重要なのは、初代 D.U.P との共通点の距離感です。
プロフィール、性格、行動などが初代 D.U.P と被りすぎたり似すぎてしまうと、距離が近すぎるとなります。逆に、初代 D.U.P との共通点ほとんどないとなると、距離が離れすぎてしまうとなります。
距離が近すぎるとキャラが被ってしまい、知名度の高い初代 D.U.P にイメージを取られてしまいます。
距離が離れすぎると別キャラになってしまい、わざわざ二代目 D.U.P でやる意義が薄くなります。
近すぎず離れすぎず、まったく同じではないが共通する何かがある。それが「似て非なるもの」というものです。
これの良いところは2つあります。
1つ目は、二代目 D.U.P の独自設定を保ちながらも、初代 D.U.P との関係を断ち切ってはいないというところ。
2つ目は、二代目 D.U.P の特徴を確かに残しながら、初代 D.U.P の特徴や記憶も拡張しているというところ。
二代目 D.U.P の知名度と愛着を向上させながらも、副次的に初代 D.U.P との関係性を補強することになります。二代目 D.U.P と初代 D.U.P は潰し合うよりも高め合うほうが一番良いんです。
赤と緑の色は、お互いの存在を強め合う関係性だからです。
ネガティブキャンペーンはやらない方がいい
二代目 D.U.P と初代 D.U.P は高め合う方が良い。そのような綺麗事ではすんなりと納得しきれないという方もいるかもしれません。
その思いに対して一つアドバイスを差し上げたいです。
私も、二代目 D.U.P の境遇と15周年記念での扱いを振り返ると、大なり小なり思うところはあります。しかし、わざわざネガティブキャンペーンをする必要はありません。
やったところで効果ないですし、その因果は自分に返ってきます。
時間がもったいないですし、相手は人数も多くて過去の遺産も大きく膨大なんです。どうやっても勝てないんです。
勝てないのに傷ついていくのは自分です。そんな苦しみを初代 D.U.P の環境にいる人々は露ほども感じていないんです。
あなたがやることは二代目 D.U.P を愛して、その思いを何かしらの形として表現することです。
何も得られず傷つくだけの方法をやり続けることではないんです。
自分と、自分の想いを大事にしてください。
二代目デ・ジ・キャラットは再生している

2007年から2013年2月8日までの1期のときは、たしかに失敗だったと思います。
初代様だけでなく、だいたいのキャラクターコンテンツと比べたらロクな活躍ができず、最後は偽物にされてそれまでの活動はすべて無かったことにされました。
ですが、二代目デ・ジ・キャラットの第2期は始まっています。その主体はファンです。ファンが自分で育てて、歴史を刻んでいくという過程を今歩んでいます。
初代 D.U.P は公式によって強力に積み上げられた作品かもしれませんが、二代目 D.U.P はファンによって育て上げていってる作品です。それは誇って良いことだと思います。
おわりに

二代目 D.U.P が偽物にされて、活動記録も無かったことにされて、まったく別のキャラクターに挿げ替えられて初代 D.U.P とよろしくやってる。意外に思われるかもしれませんが、私はその状況を嬉しいとは感じていません。
2022年に放映されたアニメで二代目 D.U.P は偽物というのを映像で見せられて、二代目でじこではなく女神ブロッコデスとしての活躍を描かれて、それで納得して喜んでいるわけではないんです。
現状に不満があるので、私はもう一つの可能性を作ります。



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